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日も緩やかな昼と夕の間、虎の刻。
過客や商人、大工や侍で賑わう杜王町の町角で仗助は人を待っていた。
一人は用事があるとこの先の書屋へ出掛けた康一、
もう一人は康一が話していた心強い助っ人だった。
時間はまだまだ有る、奉行所の閉め時間までに戻れば良いのだと
仗助は町の雰囲気を楽しんでいた。


往来する人々、長屋とは一味違った雰囲気を見るのは中々面白い。
これから何処に行くのだろう。都か奥羽、いいやそれよりもっと西かもしれない、
そんな中、時折稀に人々の中に混じり漂う白い影が目に映ることもあった。
それを見つける度に、仗助の心は自然と安心感を覚えていた。
あれは良いものだと本能的に感じていたからである。


(あの深く傘を被った旅の行商人は無事に故郷に帰れるだろう。
その後ろ方を歩く薬売りは途中、何処かで怪我をしそうだな…。)


守護霊とでもいうのか、仗助はそういうものが視えるクチの人間だった。
幼い頃、原因不明の高熱を上げ生死の境をさ迷ったことがあったと母から聞かされことがあり
その出来事がきっかけだったのか、ある日気が付けば人の背に憑く影が見えるようになっていた。
あれだけ散々、幽霊、妖怪、物の怪は苦手だとは言ったがそれは得体の知れないものだからである。
脅かし、驚かせては消えていく、或いは怨念情念を渦巻かせ、恨めしく寂しげに消えていく様は見に耐えるものあある。
悪意あらずとも存在するそれらは虚しいもの、そんな奴等が見えたからといって自分には何もしてやれないからだ。
そういう理由も兼ね備え、仗助はその手の類が苦手だった。


(しっかし、今日はやけに数多く視える気がすんなぁ…
皆穏やかそうだし、心配はいらねぇーみたいだがよぉー…)


そいつはなんら変哲もない町の風景と同じく、そこに漂い通り過ぎるばかり。
悪さをするような雰囲気も無く、思い思い、各人後ろをついてまわるだけ。
足袋履きに下駄をつっかけ、組んでみせた足とすり合わせながら
気の抜けた欠伸を一つしてみせようと口を開けた時だった。


「よぉ~仗助ぇ~、なんだなんだ眠てぇーのかぁ~?
昼寝って年でもねぇーだろうによぉー」


左耳に入っていた自分の名前に、仗助は浮かべようとした欠伸を噛み
そちらへ首を向けてみせると、よく目立つ紺袢纏に白と朱色線、
そして一見、カタギには見えやしない笑顔面が腕を組んで立っていた。


「なんだ、誰かと思えば億泰かよぉ~。
お前仕事どうした、間抜けか非番か?」


直ぐに誰かと気が付いた仗助は、欠伸名残の涙を浮かべて聞き返すと
億泰は組んでいた腕を下ろし、平手を左右に振りながら笑ってみせた。


「め組が早々働くようじゃ町が幾つあったって足りゃーしねーよぉ。
今日は帳面仕事だけらしくてよぉー、俺は休みだ休み。」


この男、仗助の友人で名を億泰と言い、火消し番を生業としている。
病床の父親を兄、形兆と共に支える漢気溢れる気さくな奴だった。
火事と喧嘩は江戸の華などとはよく言ったものだが、
この北の地、杜王町でも火事は人事ではない。
ひと度火の手が上がればたちまち町をも飲み込む大火と成りかねない、
いち早く火事場に駆けつけ煙事に飛び込む様は中々真似できるもんじゃない。
勇姿ある背中の『め』の字は町の人々から尊敬され慕われていた。



「そいつは違いないぜ、っつーことはただの散歩か?
昼飯には遅いし、酒を引っ掛けるにはちっとまだ早いぜぇー」


「散歩も何も、康一に呼び出されたんだぞ。
オメェーが愚図って見聞に渋ってるところ何とか引っ張り出してくっから
一緒に現場に言ってくれってさー」


康一の奴、言ってくれるじゃねぇーか…。
心強い助っ人とは億泰の事だったのかと、
この時仗助は初めて知ったのだった。
確かに億泰は仕事柄、杜王の隅々まで己が足で駆け回り、
裏路地、細道まで事細かに目にしているだろう。
まぁ…当人が覚えているかどうかは別としてだ。
以前、め組の酒の席に呼ばれ飲んだ時の事。
形兆が『億泰は頼りになるが、あまり物覚えが良くない』と、
口漏らしていたのを仗助は聞いていたのだ。


しかし渋って仕事部屋でうだついていたのは事実で否定しようがない。
ここは笑って誤魔化そうと苦笑いを浮かべ仗助は『そうか』と頷いてみせた。


「しっかし穏やかじゃねぇーなぁ~、
手付きやら盗っ人なら岡引の仕事でカタが付くもんよ、
それが妖怪、物の怪、幽霊だっつーんだから
俄にゃ信じられねー話だよなぁ~」


「あぁ~全くだぜぇ、人間なら話も聞けるし
御縄も張れるが姿形の無い奴等をどんな具合にとっ捕まえりゃいいんだか…
俺はとんちが使える坊さんじゃねぇーのによぉー…//;」


「ブッハハ、違ぇーねーや、仗助が坊さんとか想像できねーよ//」


譬え話のつもりだったが、思いの外に笑いのツボに入ってしまったらしく
億泰は腹を抱えて今にも転げまわりそうな勢いだ。
往来の場なんだから止めてくれよと思っている仗助に、また声をかける人物が現れた。


「ごめん、ごめん、思いの外遅くなっちゃったよ//;
…どうしたんだい、億泰君のその様子は…」


片手に読物を抱え、小走りに駆け寄ってきたのは康一だった。
待たせた詫びの言葉を挟みつつ、一体何があったのかと困り顔で尋ねられたので
仗助は大した話じゃ無い、譬え話がツボに入っちまったんだと簡単に説明すると
状況を察した康一は笑いながら一つ頷いてみせた。


「まぁまぁ、兎も角全員揃った事だし、僕の用事も済んだことだし、
仗助君、億泰君、そろそろ出向こうか」

「あぁ、早くしねぇーと日が傾いちまうよ」

「おうよ、充分に笑ったし、いっちょ拝みに行こうじゃねぇーか」


それは流石に洒落にならねぇーよ…と、仗助、康一は思ったが
意気込む億泰に免じて言葉には出さず空笑いで返し、
三人足取りを揃えると一路、現場へと向かったのだった。


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